2011年4月14日木曜日

暖かい日

(万歩計10,026歩)
夏場に実施されそうな、企業の電力使用制限の事が会社では話題になっている。
ピーク時の25%カットを義務づけられるようだ。
一日眠い日だった。

2011年4月13日水曜日

固定資産税

(万歩計9,714歩)そろそろコートがいらないと思うが、なかなか離せられない。固定資産税を払う季節になった、自分の家と、田舎の実家の分もあるので大変だ。あいかわらず余震が続く、グラグラ揺れると大きくなるのでは、と心配になる。早く全てが収束して平穏な生活が戻って欲しいと切実に思う。

2011年4月12日火曜日

ロボットの日 9


(万歩計9,939歩)

ここ一月位、胃の調子が悪い、胸焼けや胃痛が酷いので薬を買ってきた。

薬局で売っている薬でも、薬剤師でないと売れない薬があって、この薬もそうだった。

効き目は早く、かなり症状は改善された。

ロボットを買った、今回で9号目だ。

原発事故が心配だ、レベル7、チェルノブイリの時と同じ危険度だなんて、恐ろしくて信じたくもない。


2011年4月11日月曜日

鹿島港視察

(万歩計11,276歩)被災した鹿島港にある同業者を見舞いがてら視察してきた。公共岸壁は所々、陥没したり隆起したり液状化したりした場所があり大地震の爪痕が生々しく残っていた。同業者を訪問、震災当時の話や、被害状況等を聞いた。震災一ヶ月過ぎ、やっと操業の一部が再開された事もあり、まだ環境的には上水も来ていないが皆さんの表情は明るかった。震災の日、地震自体の設備への影響はそれほどではなかったが、やはり津波が想像を絶する被害を与えたようだ。ちょうど大型船が岸壁に接岸して荷役中だったが、震災と共に停電で全ての機器が止まり、余震が続く中、皆高い所に避難したときに、津波が押し寄せたようだ。人間にとっては大型船でも大津波にとっては木の葉のようで、なすすべもなく翻弄されたようだ。このため荷役機械が大型船に引っ張られ、脱線したり引きちぎられたりの大きな被害が出たとの事。完全復旧は今年の末との事、それまで大変な労力が投入される事だろう。鹿島は地の利が良くて、本当に沢山の飼料工場・設備が集中していた。千葉から高速を使って鹿島まで2時間だった。

2011年4月10日日曜日

知事選挙

昼少し前に起きだした。リフォーム屋さんとの打ち合わせ2件あり、終わったら5時近くになっていた。犬の散歩を兼ねて家人と知事選挙の投票に行った。行く道あちこちの桜が満開できれいだった。夜9時現在、既に石原都知事の再選が決まってたようだ。日本の、東京の今の非常時を乗り切るには、お笑いタレントや、街の発明家等のレベルの人ではダメだとの都民の当たり前の判断だろう、納得。

2011年4月9日土曜日

神戸日帰り






(万歩計15,510歩)神戸まで、二紀展を見に行ってきた。片道約4時間かかる。美術展は結構盛況だった。後三ノ宮まで足を伸ばし、異人館街を巡ってきた。

2011年4月8日金曜日

大きな余震

(万歩計14,493歩)余震にびっくりして起きてしまった。今日は協会の臨時理事会が招集された。協会の会社の役員・社長クラスの人が30数名集まって、審議すること10分ほど。なんとももったいないような豪勢なような会議だった。一週間の疲れが蓄積されてきた。